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大阪地方裁判所 昭和44年(わ)3851号 決定 1972年4月27日

被告人 平野加代子

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する兇器準備集合等被告事件につき、次のとおり決定する。

主文

別紙記載各証拠についての検察官の取調請求をいずれも却下する。

理由

一、別紙番号一の1の爆竹および同2の鑑定結果書について

右爆竹は、以下に述べる理由により、憲法三五条、刑事訴訟法二二〇条一項に違反する違法な捜索差押によつて収集された証拠であることが明らかであるから、証拠能力(証拠の許容性)を有しない。

右爆竹が差押えられるに至つた経過をみると、本件各証拠によれば、被告人は、昭和四四年一一月一三日午後六時四〇分頃、大阪市北区南扇町五番地先扇町公園南側出入口付近の歩道上において、司法警察職員岡田光夫によつて兇器準備集合罪ならびに道路交通法違反罪の現行犯人であるとして逮捕され、そのまま市道扇町線の道路を横断して関西電力扇町営業所前の歩道上に連行され、そこから右関西電力扇町営業所西側の車道上に待機していたパトカーに乗せられて、一粁近くも離れた(公知の事実)大阪府曾根崎警察署に連行されたこと、および同署内において、右岡田光夫が被告人の着用していたジヤンパーの右内ポケツトから右爆竹を差押したことが認められる。

ところで刑事訴訟法二二〇条一項は、いわゆる令状主義の例外として憲法三五条、三三条を具体化して、被疑者を逮捕する場合においては逮捕の現場で令状によらないで捜索・差押ができると定めているが、その場合の要件の一つである「逮捕の現場」とは、一般的には被疑者を逮捕した場所と直接接続する極めて限られた範囲の空間を意味するものである。けだし、被疑者の逮捕に際し令状なくして捜索・押収ができるのは、それが逮捕という重大な法益侵害に随伴する処分であること、および被疑事実が明白であることのほか、逮捕者の身体の安全をはかり、被疑者による証拠の隠匿や破壊を防止するための緊急の措置として認められたものと解せられるから、「逮捕の現場」というのも右の如き事情の認められる合理的な場所的範囲を意味するものと解するのが相当であるからである。もつとも、被疑者の身体および所持している物については、たとえ被疑者の逮捕された場所を離れたとしても、右の実質的理由が継続している場合もなくはなく、被疑者の身体および所持品に関しては、「逮捕の現場」という要件をかなり広く解してもよいのではないかと考えられないこともない。しかしながら、刑事訴訟法二二〇条一項二号があえて「逮捕の現場」と規定したのは、無令状の捜索・差押を場所的に限定し、令状主義の例外を厳格に制限しようとしたものと解すべく、被疑者の身体や所持品についても必要があれば逮捕した場所において直ちに捜索・差押を開始すべきことが当然であり、逮捕した場所において遅滞なく捜索・差押を行なえば、被疑者を警察署に連行するなどその身体を場所的に移動した後においても、かような緊急の状態が継続することはほとんどあり得ないことであり、被疑者の身体や所持品について格別に「逮捕の現場」なる要件をゆるやかに解する必要はなく、これをゆるやかに解しあるいは無視することが不当なことはいうまでもない。警察官職務執行法二条四項が、いわゆる逮捕中の被疑者について兇器を所持しているかどうか調べることができるととくに規定していることは、逮捕中の被疑者について逮捕した場所を離れてその身体や所持品につき一般的に捜索・差押ができるものではないことを示すものといわなければならない。

そこで、右爆竹が差押えられた場所である曾根崎警察署が「逮捕の現場」と言い得るだけの合理的な場所的範囲内にあつたのかどうかについて検討すると、(証拠略)によれば、同人は、被告人を扇町公園南側入口付近歩道上で逮捕したが、その時は赤ヘルメツト集団が火炎びんを投てきした直後であつて、現場が混乱しており、被告人を奪還されるおそれもあつたので、道路の反対側の関西電力扇町営業所前歩道上に被告人を連行したうえ、さらに関西電力扇町営業所西側車道上に停車していたパトカーのところまで被告人を連行し、その間被告人から着用していたヘルメツト・タオルを押収したが(その場所は、第三回公判調書中の同人の供述部分によれば停車していたパトカーのところであり、第九回公判における同人の供述では扇町公園南側出入口付近歩道上から道路の反対側歩道へ行く途中であるが、遅くともパトカーに乗車する前であることが明らかである。)左手で被告人に施した手錠の片方を持ち、右手には押収したヘルメツト・タオルを持つていたので、それ以上捜索・差押をせず、パトカーの後部座席に被告人を乗せ、その直後右手で被告人のジヤンパーの内側ポケツトをさぐり、手の感触から、そこに爆竹とビラらしき紙片が入つていることに気がつき、それらを押収する気はあつたのだけれども右手にヘルメツトのヒモをとおして手のひらでタオルを持ち、パトカーの後部座席右側端に身体をななめにし、被告人が腰の上に乗りかかるような姿勢であつたので、ヘルメツトがつかえて自由がきかず、窮屈であつたため、パトカーの中においても右爆竹を差押えることは不可能であつた旨供述している。しかしながら、なるほど同人が扇町公園南側出入口付近歩道上で被告人を逮捕した現場は、混乱しており、被告人を奪還されるのをさけるため、その場では捜索・差押ができなかつたという点は首肯しうるにしても、反対側関西電力扇町営業所前歩道上ではさような事情のあつたことは認められず、また(証拠略)によれば、同歩道上では右岡田以外にも被告人を逮捕している者がいて、すぐ近くには制服警察官もいたことが明らかであるから、同歩道上で捜索・差押が不可能あるいは著しく困難であつたとは認められず、まして関西電力西側車道上に停止していたパトカーに被告人を同乗させた場所で被告人の身体や所持品につき捜索・差押のできない合理的な理由は見当らないものといわなければならない。しかも、同人は、パトカーの中においてさえも捜索・差押が不可能であつた旨供述しているけれども、同人の供述によれば、パトカーの後部座席には同人ともう一人の警察官とで被告人を真中にしてはさむ形で乗車しているのであつて、もし爆竹を差押えるつもりであればそれが不可能あるいは著しく困難であつたとは到底認められない。同人の作成した捜索・差押調書に、ヘルメツト・タオル・ビラ・爆竹のすべてが関西電力扇町営業所の西側道路上において捜索・差押えられた旨、ことさら事実に反する記載がなされていることは、被告人を曾根崎警察署まで連行したうえでないと右爆竹を差押えることができなかつたという合理的な理由を、同人自身見いだしえなかつたことをうかがわせるに充分である。してみると、右爆竹は、「逮捕の現場」といいうる合理的な場所的範囲において差押えられたものとはいえず、憲法三五条、刑事訴訟法二二〇条一項の規定に違反する手続によつて収集された証拠物であるといわなければならない。ところで証拠物はその押収手続に違法があつても物それ自体の性質や形状に変異を来すものではないから、その証拠能力までも否定されるいわれはないという考えもあるけれども、捜索・差押令状の形式や記載事項の不備等の形式的瑕疵による軽微な違法性が存するにすぎない場合は別として、本件のごとく、憲法三五条、刑事訴訟法二二〇条一項の令状主義とその例外規定に違反する重大な違法性が存在する場合は、その手続によつて収集された証拠に証拠能力を認めて被告人の有罪立証の証拠に用いてはならないことは、憲法三一条の当然の要請というべきである。よつて、右爆竹は証拠としての許容性を有しないものといわねばならない。

次に西本一二作成の鑑定結果書は、右爆竹の鑑定結果を記載した書面であつて、右爆竹が差押えられたことにより獲得されたものであるから、右爆竹の証拠能力が否定された以上、右鑑定結果書の証拠能力も否定されること当然である。

二、別紙番号二の1および同2の各証拠について

検察官は、本件当日扇町公園南出入口付近路上で火炎びんを投げたのは、赤ヘルメツト集団と緑ヘルメツトのプロ学同集団のみであつて、そのうち赤ヘルメツト集団のみが本数不明の爆竹つき火炎びんを投てきしたことを立証し、被告人が同種の爆竹を所持していたことの立証と合わせて、被告人が火炎びんを投てきした赤ヘルメツト集団の一員であり赤ヘルメツト集団の者と共謀関係にあつたことを間接的に証明しようとして右各証拠の取調を請求しているものであるが、前述のとおり、別紙番号一の1の爆竹の証拠能力が否定せられるべきことにより、そもそも被告人が爆竹を所持していたとの立証がなされていないのであるから、(岡田証人は、被告人のジヤンパーの内ポケットに手を差し入れ、爆竹を所持していることが判明したと供述しているが、十分に措信しがたいし、かりにそうだとしても、爆竹の種類・形状等は明らかでない)、右各証拠調請求は無意味であつて証拠としての関連性がないというべきである。

三 別紙番号二の3および同4の各証拠について

右各証拠調請求は、本件当日扇町公園南出入口付近で赤ヘルメツト集団が火炎びんを投てきし交通を阻害した状況、車両被害状況等を立証するためのものである。ところで、検察官の主張によれば、被告人が投げた火炎びんによつてどのような交通阻害が生じたかは具体的に特定できないが、被告人を含む赤ヘルメツト集団の火炎びん投てきによつて公訴事実第二記載の交通阻害状況が発生したというものであるから、その前提として公訴事実第二記載の「共謀」の事実が立証されていることを要するところ、今までに取調べた証拠以外に右共謀の事実を立証するものがない以上、証拠としての関連性がないものである。

そこで、主文のとおり決定する。

別紙

一 1、大阪地方検察庁昭和四四年領第四六五九号符四号・爆竹(第二回公判期日における検察官請求証拠目録請求番号6)

2、西本一二作成の鑑定結果書(同7)

二 1、大阪地方検察庁昭和四四年領第四六六三号符七三号、同符一六五号、同符一五六号、同符一五七号、同符七〇号、同符一二六号、同符一四八号、同符七九号、同符一三二号、同符一四〇号・火えんびん(爆竹つき)九本、マジツク爆弾(爆竹)二本、爆竹(びん入り)三本(第七回公判期日における検察官請求証拠目録請求番号40ないし49)

2、証人H、同A(昭和四七年二月一五日付証拠申請書番号四および五)および証人S(第九回公判期日における請求)

3、大阪地方検察庁昭和四四年領第四六六三号付一七五の一フイルム一巻およびTの大阪地方裁判所における証言調書(第八回公判期日における請求)

4、証人B<ほか一一名>(第九回公判期日における請求)

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